2019年8月16日 NHK-FM「真夏の夜の偉人たち しなやかなAOR」選曲・出演 田中康夫

『真夏の夜の偉人たち』
この番組は各方面で活躍する真夏の夜の案内人達が思いを寄せる偉人と一夜限りの夢の共演。偉人のへの思いを音楽と言葉で奏でる夢の音楽会です。真夏の夜の案内人が偉人にみた夢と心に刻まれた時とは。今夜は作家の田中康夫さんがAORの偉人達を語り尽くします。それでは夢の音楽会、開演いたしましょう。

M1. Every Kinda People / Robert Palmer
3'15" <Universal Music UICY-76195>
(1978 : Double Fun)

OA 2018.7.3 / 2018.3.27 / 2016.10.4 / 2016.4.12 / 2015.12.1
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M2. Is It Still Good To Ya / Ashford & Simpson
3'50" <Wounded Bird WUND32192>
(1978 : Is It Still Good To Ya)

OA 2018.7.3 / 2018.3.20 / 2016.4.12 / 2015.11.17
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M3. Let's Go Dancin' / Booker T. Jones
3'45" <A&M Records 2100-S>
(1978 : Try And Love Again)

OA 2019.2.19 / 2018.3.20 / 2017.4.11 / 2016.10.4 / 2015.10.27
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74回目を迎える敗戦の日の翌日、『真夏の夜の偉人たち』を担当する私、田中康夫です。今宵はAOR。分別をわきまえた大人、すなわちアダルト・オリエンテッドな音楽の偉人達の音色を紹介して参ります。1曲目、ロバート・パーマー、1978年のアルバムDouble FunからEvery kinda people、お届けしました。「誰かを欺くなんて無益なことだし、復讐に命を賭けるなんて空しいよ」「イエロー、ブラック、ホワイト、肌の色を超えて、まともな人ならみんなわかる筈だよ」2003年9月にパリで客死したイングランド北部ヨークシャー出身の彼はブルー・アイド・ソウルの先駆者=vanguardです。ホンモノとは違う、と70年代初頭まではイロモノ扱いされた、その名も、青い目をした白人が歌うソウルはロバート・パーマー同様に、ジャマイカ発祥のイギリスのレーベル、アイランド・レコードに所属をしていたスティーヴ・ウィンウッド、更には70年代半ば以降アメリカでもボズ・スキャッグスのSlow dancer、We are all alone、また、ダリル・ホール & ジョン・オーツのRich girlを筆頭に次第に市民権を得て、21世紀に入ってもアデル、本名アデル・ローリー・ブルー・アドキンスへと引き継がれていきます。それは同時に、いわゆるAORと呼ばれるクワイエット・ストームな音色、70年代後半から80年代前半にかけてのしなやかな音楽シーンの幕開けでもありました。Every kinda people、作詞作曲はロンドンのパディントン駅の近くで生まれ育ったアンドリュー・マクラン・フレイザー。後にアメリカに移り住んだ彼は2008年の大統領選でキャンペーン・ソング、Obama (Yes We Can)の楽曲を自ら歌い上げています。続いては2曲、いずれも1978年の楽曲でアシュフォード&シンプソン、Is it still good to ya。ブッカー・T・ジョーンズ、Let's go dancin'。最初にお聴き頂いたのはニコラス・アシュフォードとヴァレリー・シンプソンが作詞作曲のデュエット曲。1978年のアルバムIs It Still Good To Yaからの同名曲です。ソロ・デビュー直後のダイアナ・ロスが歌ったAin't no mountain high enoughに趣きが似ていると思われた方もいらっしゃるかもしれません。そうなのです、いずれもアシュフォード&シンプソンが手掛けた楽曲です。妻のシンプソンが奏でるピアノの前で二人が歌い上げるミュージック・ヴィデオ、いわゆるPVと呼ばれるプロモーション・ヴィデオは生きとし生きる、微力だけど無力じゃない、わたし達人間のこころの襞を鮮やかに浮かび上がらせます。続いての、テネシー州メンフィスで生まれたオルガニスト、ブッカー・T・ジョーンズ、ジェイ・グレイドンがギターで参加しているLet's go dancin'は1978年のアルバムTry And Love Againに収録されています。このアルバムTry And Love Againは現在までCD化されていません。7000枚近い私の自宅のレコード庫から本日はアナログ盤を持参して参りました。後に忌野清志郎さんとも交流を深めるスティーヴ・クロッパー、アイルランドアメリカ人のドナルド・ダック・ダンらと共に彼は地元スタックス・レーベルの専属バンドBooker T. & The MG'sを結成。それはブルースやゴスペル、さらにはカントリーの香りも併せ持った、ソウルとブルー・アイド・ソウルの、いわゆる弁証法的、あるいは創造的融合と言えましょう。ネイティブ・アメリカン、チェロキー族のDNAも有するリタ・クーリッジの妹、プリシラがパートナーのブッカー・Tは、この作品を、少し意外に思われるかもしれませんが、西海岸のA&Mレコードでリリースしています。続いても1978年の楽曲を2曲。フランク・ウェバーの'71。ルパート・ホルムズのSpeechless。

M4. '71 / Frank Weber
4'10" <SMJI SICP-5435>
(1978 : As The Time Flies)

OA 2016.10.11

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M5. Speechless / Rupert Holmes
4'40" <Universal Music UICY-76197>
(1978 : Pursuit of Happiness)

OA 2017.4.11 / 2015.10.6
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いずれも1978年の楽曲を2曲、最初はフランク・ウェバー、'71。キーボードにリチャード・ティー、ドラムスにスティーヴ・ガッド、ギターにはジョン・トロペイとデイヴィッド・スピノザ。更にデイヴィッド・ラズリー、ルーサー・ヴァンドロスもヴォーカルで参加している彼のファースト・アルバムに収録をされています。ニュージャージー州出身のフランク・ウェバーはこの夏、True Love、Unspoken2枚のアルバムを発表。現在はニューヨーク北部ハドソン・ヴァレーの閑静な住宅地に暮らす彼と先日、AORという音楽の持つ意味合いに関して対談しました。

✽Frank WeberとYa‘ssyの対談 「intoxicate」Vol.140

フランクは「今の社会はアメリカでも情報過多で、自分の直感を信じる機会がすごく減っているよ」「人間の心と心の接点が、そこにスマート・フォンを挟まないとできないなんて大きな損失だと思わないか」と述べました。私もまた「アナログのレコードからデジタルなCDへの変化、そして距離や時間をいとも簡単に飛び越えてしまうインターネット、その中でSNSは双方向、そして多元的に意見を交し合うツールだったはずなのに、ともすれば一方的な主張、あるいは不毛に叩き合うエネルギーばかりが氾濫してしまう。今また、AORが見直されてきているのは、年齢に関係なく、そうした世の中の空気にちょっと疲れていたり、ちょっと居心地が悪いなと感じている人々が増えているから」、そう語りました。ディーセント=慎み深い誇りを持った、そしてマチュアード=成熟した、落ち着きのある音色を生み出す彼の作品です。続いてお聴き頂いたのはルパート・ホルムズ、Speechless。イギリスで生まれニューヨークで育った彼の4枚目のアルバムPursuit of Happinessに収録されています。大好きな相手と直に向き合うと、お互いの想いは一緒なのにもかかわらず何も言えなくなってしまう。物怖じしがちな都会の青年。ちなみに「そんな僕は君の目にはマルクスみたいにおかしな存在として映ってるよね」と歌詞の後半で登場するマルクスとは経済学のカール・マルクスではありません。ドイツからのユダヤ系移民の両親の下にニューヨークで育った兄弟4人組コメディアン俳優、マルクス・ブラザースの一番下のハーポ・マルクスです。続いては1979年のスティーヴ・ギブ、Tell me that you love me。実は1980年、私が大学を停学中に生まれて初めて書いた小説『なんとなく、クリスタル』の中で歌詞を紹介し、それがきっかけで未発売だった日本でもアルバムがリリースされた人物です。

M6. Tell Me That You Love Me / Steve Gibb
3'20" <Solid Records CDSOL-5612>
(1979 : Let My Song)

W/Lyrics Terri Gibbs Vers.

OA 2018.3.27 / 2015.11.3
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1979年、スティーヴ・ギブ、Tell me that you love meをお聴き頂きました。文藝賞選考委員4人の中でもとりわけ、『漱石とその時代』で知られる保守論壇江藤淳さん、リンチや制裁がまかり通る『真空地帯』の軍隊を描いた社会派の野間宏さん、そのお二人に過分な評価を頂戴した『なんとなく、クリスタル』が描いた1980年。それは高度経済成長が一段落し高度消費社会が幕開く時期にあたります。体を守るために、空腹を満たすために、それが着たり食べたりする第一義の目的です。ところが容易に達成されるようになると次第に、素敵なデザイン、私がお気に入りのデザイナーの服、好みの味付け、本来の目的を離れた第二義、第三義に重きを置くようになります。『33年後のなんとなく、クリスタル』=『いまクリ』を2014年の暮れに上梓した際、ロバート・キャンベルさんが『もとクリ』と名付けて下さった『なんとなく、クリスタル』は、ポスト高度経済成長時代のスタイリング化現象を、そして計442の脚註に続いて、人口問題審議会の合計特殊出生率の将来予測に関する特別報告、昭和55年版厚生白書から老年人口比率と厚生年金保険料の将来予測を2ページ、ポンと放り出すように付記しています。この豊かさは永遠でないかもしれない、繁栄と成熟の扉の向こう側には今までの世界の歴史に類を見ない超少子超高齢社会日本が待ち受けているのかもしれない、無意識の中に当時24歳の僕は一抹の不安を感じていたのかもしれません。止まれ。その『もとクリ』に登場する楽曲を10曲、当時のCBSソニーとワーナー・パイオニアが合同で発売したサウンド・トラックの中にスティーヴ・ギブのTell me that you love meは収録され、ケニー・ロジャースをはじめとする多くのアーティストがカヴァーしたShe believes in meを含む彼のアルバムLet My Songもこれがきっかけで日本でリリースされました。

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 実はこの楽曲がリリースされた1979年、イギリス首相となったマーガレット・サッチャーは「もはや社会なんてものは存在しない、There is no such thing as society、自分で自分の面倒をみるのが国民の義務だ」。身も蓋もない発言とともに経済的新自由主義を打ち出します。声高に正義を語るイデオロギーとは無縁なAORは、そうした兆候に鈍感だったのでしょうか?いえ、むしろ逆に鋭く察知していたからこそ人間の体温を持つアーティストは密やかに謙虚に誇りを抱いて日々真っ当に働き学び暮らす市井の人々のしなやかさを楽曲へと昇華させていきます。1981年、キャロル・ベイヤー・セイガー、Sometimes late at night。そして1979年、ピーター・アレン、Don't cry out loud2曲続けてどうぞ。

M7. Sometimes Late At Night / Carole Bayer Sager
4'00" <Victor VICP-61840>
(1981 : Sometimes Late At Night)

OA 2019.2.19 / 2018.3.27 / 2015.10.13
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M8. Don't Cry Out Loud / Peter Allen
4'05" <Universal Music UICY-3117>
(1979 : I Could Have Been A Sailor)

W/Lyrics Melissa Manchester Vers.

OA 2019.2.19 / 2015.10.20
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1981年、キャロル・ベイヤー・セイガー、Sometimes late at night。彼女は80年代初頭から10年近くバート・バカラックのパートナーでもありました。バーブラ・ストライザンドドナ・サマー、1979年の No more tears (Enough is enough)を作詞作曲したブルース・ロバーツとの共作も多いキャロル・ベイヤー・セイガー。続いてお掛けしたオーストラリア生まれのピーター・アレン、1979年のDon't cry out loudは、実はその前年、メリサ・マンチェスターがカヴァーしています。そしてそのDon't cry out loudはなんとピーター・アレンキャロル・ベイヤー・セイガーの合作。けれどもそれは緊張感のない、 村社会で同衾するお友達関係ではなく、ささやかだけど確かなことを紡ぎ出そうとするフランス語で言うところのdiscours=言葉と旋律のマリアージュなのです。ちなみに28歳だった1984年、朝昼夕方夜と4つのシーンにショー立てして、計100個の手の平小説の形を借りたAORのレコード・ガイド『たまらなく、アーベイン』を僕は世に問います。

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たまらなく、アーベイン

たまらなく、アーベイン

 

こぶしが効いた微妙な言い回しの歌詞は日本の楽曲でさえ聴き取れない場合もあるのに、どうして洋楽に関してこの曲にはこうしたメッセージが、こうした社会への異議申し立てがあると押し付けるライナー・ノーツが日本では目立つのだろう…、大学生の頃からずっと僕は違和感を感じていました。雨催いの日曜日の朝にお茶を飲みながら聴くのに相応しい曲。夕方の海岸沿いにガール・フレンドを横に乗せて車を走らせている時に相応しい曲。3回目のデートで上手く進展すると期待していたのに、ただ送り届けただけで終わってしまい、首都高速を疾走して自分の部屋へ戻るときに流れていた曲。様々な思い出をじんわりと呼び起こしてくれるのがAORです。「『あなたの持っているレコードの中から、一枚だけ選びなさい』と言われたら、迷わず『これ』と差し出すのは、きっと、キャロル・ベイヤー・セイガーのSometimes Late at Nightだな、って気がします」。2015年に復刊した際、恐らく世界で最初の「選曲の本」と音楽家菊地成孔さんが評して下さった『たまらなく、アーベイン』の中で述べた文章です。その気持ちは63歳を迎えた今も変わりません。またしても話が長くなってしまいました…。年齢を経るとはこうしたところにも表れるのかもしれませんね。続いては1981年、フレデリック・ナイト、If tomorrow never comes。

M9. If Tomorrow Never Comes / Frederick Knight
4'20" <Juana JU-4000AE>
(1981 : Knight Time)

OA 2019.2.19 / 2018.3.20 / 2017.12.12 / 2017.4.11 / 2016.10.4 / 2015.10.20
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『真夏の夜の偉人たち』今宵の選曲とおしゃべりは私、田中康夫です。1981年、アラバマ州出身のフレデリック・ナイト、If tomorrow never comesでした。さきほど一番のお気に入りアルバムは「キャロル・ベイヤー・セイガーのSometimes Late at Night」だとお話をしましたが、ではこの一曲は?と訊かれて迷わず答えるのはフレデリック・ナイト、If tomorrow never comesだと思います。ジャケット写真の彼はサミー・デイヴィス Jr.とは似ても似つかぬイタいパンチ・パーマの面立ちなのですが、楽曲は素晴らしい、素晴らしすぎる。『もとクリ』に登場したスティーヴ・ギブのアルバムをリリースした雲の絵が描かれたCLOUDS LABELと同じマイアミが本拠地だったT.K.PRODUCTIONSというレコードが配給を担当していました。このTとKの二文字をデザインしたT.K. RECORDSのロゴ・マーク、当時、東京の下町を中心に営業をしていたタクシー会社太平交通の車体に描かれたTとKのマークとソックリで、もしや社長はマイアミ・ソウルのファンなのでは?とディープなソウル・フリークの間で噂されたものです。続いては2曲。マイケル・ジャクソン、1979年、She's out of my life。同じく1979年、ステファニー・ミルズ、Never knew love like this before。

M10. She's Out Of My Life / Michael Jackson
3'30" <SMJI SICP-31150>
(1979 : Off The Wall)

OA 2019.6.11 / 2017.2.14
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M11. Never Knew Love Like This Before / Stephanie Mills
5'20" <Universal Music UICY-76178>
(1980 : Sweet Sensation)

OA 2018.3.27 / 2017.8.1 / 2016.10.4 / 2015.10.06
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2曲続けて、いずれも1979年、She's out of my life、Never knew love like this before、お届けしました。没後10年、いまだに毀誉褒貶喧しいマイケル・ジャクソンが、僕の目には世の中に対する鋭い捉え方や考え方を作品の中に隠喩し続けた創造的なアーティスト、として映ります。1987年のMan in the mirror、1991年のHeal the world、更にはチャールズ・チャップリンの『モダン・タイムス』へのオマージュ的作品の1995年のSmile、今、お聴き下さってる皆さんの方が僕よりもはるかにお詳しいと思いますので今宵は1987年、彼の唯一の自伝『ムーンウォーク』が日米同時刊行され、その翻訳を僕が担当させて頂いた時のこぼれ話を一つ。翻訳を薦めて下さったのは音楽プロデューサーの 佐藤 剛(sato go) (@gosan5553) さん。日本のみならずアジア圏の歌い手として唯一ビルボード誌でシングル・ヒット一位を獲得した『上を向いて歩こう』の誕生秘話を記したノンフィクションの書き手としても名高い人物です。他方、「翻訳者の略歴はいらないっしょ」と当時のCBSソニー出版編集者の判断で翻訳者名のみが『ムーンウォーク』の奥付に印刷されました。すると「今回のマイケルの自伝の翻訳は同姓同名の無名の人物が日本語訳を担当しているらしい」「実に文章もこなれていて、読みやすい」それまで僕の文章を常に腐していた批評家が手放しで礼賛する記事に出くわし微苦笑したのを思い出します。Ya'ssy32歳の時です。

そのマイケルにはLittle susieという1995年の作品があります。ブルック・シールズ、テータム・オニール、ダイアナ・ロス、彼の周囲で噂された女性の中に一歳半ばかり年上のスージー、ステファニー・ミルズも含まれます。ジェームズ・ムトゥーメとレジー・ルーカスの作品、Never knew love like this before、当初、1979年にジャマイカ生まれのサマンサ・ローズでシングル・リリース。翌1980年にステファニー・ミルズで大ヒットします。ダイアナ・ロスが自分より一回り以上年下のスージーに嫉妬の炎を燃やした逸話を知ると、Shes out of my life、Never knew love like this before、二つの楽曲名に奥深い偶然を感じてしまう小生です。続いては3曲。1985年、ドゥーブル、The captain of her heart。1985年、デイヴィッド・バウイとパット・メセニー・グループでThis is not America。1981年、クリス・クリスチャン、 Ain't nothing
like the real thing - You're all I need to get by。

M12. The Captain Of Her Heart / Double
3'55" <Polydor POSP 779>
(1985 : Blue)

OA 2018.9.8 / 2017.12.12 / 2017.7.11
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M13. This Is Not America / David Bowie, Pat Metheny Group
3'50" <EMI TOCP-7658>
(1985 : The Falcon And The Snowman OST)

OA 2019.1.1 / 2018.4.10 / 2016.7.19
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M14. Ain't Nothing Like The Real Thing - You're All I Need To Get By / Chris Christian
3'30" <Cool Sound COOL-001>
(1980 : Chris Christian)

OA 2018.4.10 / 2016.1.5
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『真夏の夜の偉人たち』今宵の選曲とおしゃべりは私、田中康夫です。スイスのチューリッヒで1983年に結成されたドゥーブル。1985年の暮れにリリースをされたThe Captain of her heart。僕が初めて耳にしたのは翌年1986年3月。写真家の立木義浩さんと3週間あまりアパルトヘイト下の南アフリカを取材した帰路に立ち寄ったロンドンで、一人運転していたレンタカーのカー・ラジオからでした。南アフリカで生まれ育った者も、そして移り住んでいる者も皆南アフリカ人=sud-africansだよ、黒い肌をした一人のジャーナリストが僕に教えてくれたのを思い出します。続いて1985年、デイヴィッド・バウイとパット・メセニー・グループでThis is not America。これは映画『The Falcon and the Snowman』、邦題は『コードネームはファルコン』。ショーン・ペンが出演した映画です。父親の紹介で大手の軍需産業に就職をし、国防総省関係の部署に配属をされた一人の青年。そのダーティな機密の数々にショックを受けていく。ある意味ではエドワード・スノーデンを彷彿とさせる内容です。ちなみに、ファルコンは隼。アラブ首長国連邦の国の鳥でもあります。そしてテキサス州出身のクリス・クリスチャン、1981年、Ain't nothing like the real thing - You're all I need to get by。こちらはいずれも2曲目でご紹介したアシュフォード&シンプソンの楽曲です。アメリカではCCM、コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックというジャンルが確立していて、専門のラジオ・チャンネルが幾つも存在します。クリス・クリスチャンはその代表選手。批判を恐れず申し上げれば、そして僕も含めてなかなか日本では理解の範囲を超えているのですが、その多くは共和党、そしてドナルド・トランプ大統領を支持し、レイプやインセストという近親相姦での妊娠に関しても、その新しい命は尊い、と信じて疑わなぬ敬虔な人々が口ずさむ音楽です。

私、田中康夫の選曲とおしゃべりでお届けしてきた『真夏の夜の偉人たち』。最後の2曲をご紹介致しましょう。1996年、イタリアのアーティスト、マッシモ・ディ・カタルド、Se Adesso Te Ne Vai。今、あの人の元へ君が行ってしまったら、こうしたタイトルです。翌1997年、付き合い始めたばっかりの今の妻とミラノから雨の中をレンタカーを走らせる中で聴こえて来た楽曲、あまりに素晴らしくサービス・ エリアで、当時はまだカセット・テープだったんですね、買い求めたのを思い出します。そして最後の楽曲は2009年、イギリスのプリファブ・スプラウト、Earth: The story so farです。The story so farはこれまで起きてきた物語という意味合いです。この地球、けれどもso farはとても奥深いし、そしてとても計り知れないという意味合いにも取れます。本日お掛けした楽曲のPVと呼ばれるミュージック・ヴィデオ、あるいは歌詞が入った動画、それぞれのアーティストのYoutubeへのリンクも後ほど私のホーム・ページ、tanakayasuo.meでご紹介しておきます。

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音楽こそはすべての五感で、とりわけ勘どころの「勘性」と僕が呼ぶ肌触りで味わうものだと思います。AIに出来なくて人間に出来ること、それは悟るということかもしれません。単に感じるのではなく悟る。ディーセントでマチュアードなAORへの愛を深めて頂ければ幸いです。

お相手は私、田中康夫でした。

M15. Se Adesso Te Ne Vai / Massimo Di Cataldo
4'05" <Epic EPC 483590>
(1996 : Anime)

OA 2019.1.1 / 2018.4.10 / 2016.4.12
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M16. Earth: The Story So Far / Prefab Sprout
5'00" <Epic EICP-1275>
(2009 : Let's Change The World With Music)

OA 2019.4.23

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Somehow, Crystal (English Edition)

Somehow, Crystal (English Edition)

 

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「註の新たな註」

「いまクリ」と「もとクリ」、その記憶の円盤が舞い続ける時空。ようこそ現在から1980年の東京、そして日本へ❣

「✽文庫本化に際しての、ひとつの新たな長い註。」でお約束した「註の新たな註」は、両書に登場する「字句の解釈」に留まらず、高度消費社会の幕開けから現在に至る時代背景を、
関連する僕の拙稿等も紹介しながら絵解きしていくサイトです。

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