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2015年04月11日 文化放送 「なかじましんや土曜の穴 『しんやの部屋』 ゲスト 田中康夫」

なかじましんや

2015年04月11日 文化放送 「なかじましんや土曜の穴 『しんやの部屋』 ゲスト田中康夫」 

 

 

 [小尾]さて、12時の時報の後は『しんやの部屋』。今日のゲストは作家の田中康夫さんなんですけれども、早くもスタジオの中にお越し頂いてます。

 [中島]早くもスタジオの中にお越し頂いて、すごいオーラ発しまくってます。

[田中]とんでもないです、そんな。

[小尾]よろしくお願い致します。

[田中]こちらこそ。

[中島]あのー早速ですね、このコーナーに期待のお便りが来てるんですが、ラジオネームまりりんさんからなんですけれどもね「バブリーな時、田中さんをよく六本木で御見掛けしました」と。主人と同じ大学なのになんでこんなに遊びがスマートなのと思っていました。田中さんはやはり都会が似合う。私、『なんとなく、クリスタル』大好きな本です」っていうですね。えぇもうなんか・・・。

[田中]でも知事時代はホントに中山間地の山の中の人達とずっと付き合ってたんですけどね。

[中島]いやもう、極端に都会とそれと地域と色々と、神戸も含めてですね、ガンガンに行っておられましたよね。ホントにもう、すごい活動だなと思いますけども。

[田中]いえいえ、今日は逆に中島さんの哲学を学ぼうと。

[中島]いや、何を言ってるんですか!

[田中]ホント。

[中島]・・・勘弁して頂きたい。

[田中]穴の中まで入って。

[小尾]「土曜の穴」だけに・・・(笑。

[中島]僕、田中康夫さん、ゲストって聞いてから眠れなくなってしまったんです。

[田中]よく仰いますよ。

[中島]ホントに結構・・・、んー緊張するなっていうか、お話出来る立場に無い感じがしてますけども。

[田中]そんなことないですよ。私はよく、中島さんの勤務されてる会社がやってる麻布のスーパーマーケットに・・・。

[中島]あっ!

[田中]・・・ときどきお買い物に。ふっふっふ。

[中島]ありがとうございます!品物だけはね、イイモノをと思ってるですけどね。

[田中]いやでも、従業員の人もとても誠実で。

[中島]ありがとうございます。

[田中]値段もちゃんと、逆に抑えてんですよね。

[中島]えぇあのー、ホントに儲け度外視過ぎまして・・・。

[田中]んーん、東北新社の良心と呼ばれてます。

[中島]えぇ、ありがとうございます!

[田中]ふっふっふ。

[中島]えー「ナショナル麻布スーパーマーケット」、広尾にございます。よろしくお願いします。

[小尾]はっはっは。もう、ちゃっかりと(笑。

[中島]いつもちゃっかりと(笑。まぁ宣伝で暮らしてきてるんでね、宣伝な人間になっちゃってるんですけども。

[小尾]いやぁ楽しみですね。

[中島]楽しみです。

[小尾]はい。文化放送「なかじましんや 土曜の穴」をお送りしているんですけども、これからお出掛けされる方、出勤される方、通勤される方、ウォーキングされる方、ジョギングに行かれる方、たくさんいらっしゃると思うんですけれども、お持ちのスマートフォンradikoで引き続き「なかじましんや 土曜の穴」をお聞きください。

[中島]ですよね。ポケットラジオってみんな昔持ってたんですね。

[田中]持ってましたよね。

[中島]全然、今、ポケットラジオじゃなくてスマホになっている。それについては僕はクリエイターズコラムでちょっと話そうかなと思ってるんですけども。

[小尾]そうですよね、今、パソコンやスマホでラジオが聞けますからね、radikoでね。

[中島]今日ですね、田中さんとお会いするにあたりましてですね、なんか僕、接点あったかな?って。田中さんは一橋で、僕、武蔵美なんで。

[田中]学校は近いですよね。

[中島]近いは近いんですけども、生活は、ちょっと後ほどお話しますけども、僕、全然クリスタルじゃなかったんで、泥沼のような生活だったんで、なんかあるかな?と思って、接点あるかなと思ったらですね、僕がよく通ってます赤坂のですねなかむら食堂という。

[小尾]ほお。

[中島]これは最高の店があって。

[田中]えぇ。

[中島]そこにですね、黒板に田中さんの常連見習い・・・、常連見習いって何ですか??

[田中]いやだから、ちょっと謙虚にしなきゃと思って(笑。

[中島]なるほど!

[田中]よく、週に2回くらい家内と行ってるんですけど。

[中島]あっ。

[小尾]そうなんですか。

[中島]おいしいですよね。

[田中]えぇ。中村さんという人がやっている「分店 なかむら食堂」。

[中島]ね。あ、そうですね、分店です。すごくおいしい・・・。

[小尾]へぇ、行ったこと無い!

[田中]あっそれはもうすぐ小尾さんは行かれないと。

[中島]うん。そうですね。

[小尾]ねぇ、ちょっと連れてって下さいよ。中島さん!

[田中]そのうち変な・・・素敵な噂になっちゃうかもしれない。

[中島・小尾]はっはっは。

[中島]いやでもホントね、ざっくばらんな、あの、個室というよりホント大衆食堂・・・。

[田中]まぁ「食堂」なんですね。

[中島]・・・広いスペースなんで、ただ、食材とかすっごい考えてあって、料理の仕方とかも。料理の仕方が実況で見れるんですよね。

[田中]そうですね。元々、料理スタジオだったところを居抜きで・・・。

[中島]・・・なんですよ。

[小尾]なるほど。じゃぁその辺りの・・・。

[田中]うん。はるちゃんという料理人がなかなか優秀なんです。

[小尾]・・・お話も、はい、時報の後に伺いたいと思います。まもなく正午です。

 

*

 

 [中島]文化放送 「なかじましんや 土曜の穴」。お昼になりました。文化放送「なかじましんや 土曜の穴」をお送りしております。「しんやの部屋」、今日のゲストは作家の田中康夫さんです。あらためましてこんにちは!

[田中]はい。よろしくお願い致します。

[中島・小尾]どうも、よろしくお願い致します。

[中島]いやぁ先ほどの、なかむら食堂ですけども・・・。

[小尾]えぇ。気になりますねぇ。

[中島]えぇ、田中さん、何を食べられるんですか?お気に入りのメニュー。

[田中]いやもう、殆ど全部いきますけども。

[中島]全部いきます?

[田中]はい。

[中島]あのー、意外と僕、ごぼうの天ぷらですかね。

[田中]あっなるほど。はいはいはい。

[中島]あれ、すっごくて、えぇ。

[小尾]へー!

[中島]あとは、まぁハムカツとかポテサラとか。すごいものが。

[田中]うんうん。

[中島]普通の想像を絶する形で出てくる。

[小尾]えーどういうことですか?!

[田中]うん。いえいえ、おいしいということですけどね。

[中島・小尾]あっはっはっはっは。

[中島]いやまぁホントに、まさかここに田中康夫さん、来るのかって。僕の中では『なんとなく、クリスタル』なイメージがあって。で、その中で紹介されている店とか僕はもう、足を踏み入れたことのない・・・。

[小尾]なるほど。

[中島]えぇ。お店だったんですけどね。

[小尾]ではその田中康夫さんのプロフィールをご紹介したいと思います。田中康夫さんは、1956年東京都のお生まれです。小学2年生から高校卒業までを長野県で御過しになりました。1981年一橋大学在学中に執筆された小説『なんとなく、クリスタル』が100万部を超える大ベストセラーとなり、一躍、人気作家の仲間入りを果たされました。2000年から6年間は長野県知事を務められ、その後、参議院議員衆議院議員を歴任。去年11月、『なんとなく、クリスタル』の続編ともいえる『33年後のなんとなく、クリスタル』を出版され、再び大きな話題となっています。ちなみに、明日(4月12日)お誕生日ということで、田中さん。

[田中]そうなんです。

[小尾]おめでとうございます!

[田中]中島さんとは丁度三つ違いになんのかな。

[中島]三つ違いですね。ですから丁度、高校がかぶらない歳になるんですかね。

[田中]あー。私の生まれっていうのは昭和31年、1956年っていうんで所謂、経済白書で「もはや戦後ではない」って書かれた年なんですね。

[中島]私、1959年で一万円札が出来た年ですね。

[田中]おぉぉ、そうですか。

[中島]この『なんとなく、クリスタル』、私の俳句友達でロバート・キャンベルさんっていて。

[田中]そうなんです。

[中島]ロバート・キャンベルさんが『もとクリ』・・・。

[田中]今回の本の、『33年後のなんとなく、クリスタル』を『いまクリ』と彼が帯びに、推薦文の中で、元の本を『もとクリ』と名付けてくれたんですも。

[中島]『もとクリ』と『いまクリ』があって、あらためてですね、僕、実は武蔵美だったんで、『なんとなく、クリスタル』出た時、むしろ、うちの学校、『限りなく透明に近いブルー』、村上龍さんが出た学校でもあって。

[田中]あぁ、村上龍さん。うんうん、そうですね。

[中島]でもそれは読んでませんでした。で、「クリスタル」では全然無いので『なんとなく、クリスタル』も読んでませんでした。僕は「違うだろう」と思ってたんですけ
どもね。で、僕が読んでたのは片岡義男さんの「スローなブギにしてくれ」辺りを読んで、バイクに乗る青年だったわけですね。それはそれで「クリスタル」なんですけれども、もうとにかく「クリスタル族」って出てきちゃったわけですよ、その本から。いやもう、すごくて。でまぁ、この主人公の「由利」さんというのが、いやもう、僕にとっては、古い『もとクリ』の「由利」さんってのは、いや全然、なんかこう、次元が違うチャラい存在だなぁって。だからきっと康夫さんも、きっとこういう存在なんだなという風に、すごく遠いような思いで居たんですけども、その後の田中さんの活動とかですね、色んな言動とかですね見てまして、なんか僕、硬派だったんですよ大学ん時、80年って僕、武蔵野美術大学の芸術祭実行委員長・・・なんだけども、先輩達がやってた、要するに反学校とかいうことはダメで・・・。

[田中]うん。

[中島]・・・ポップな、何か運動をしたかったんですね。で、文字を、立て看文字ってあったじゃないですか。

[田中]はいはい。

[中島]あれを止めて・・・。

[田中]横文字にして(笑。

[中島]結構、横書きのポップなモノでやったらめちゃめちゃ怒られてて、すっごく違和感を感じながら、で、僕自身はまさに消費社会の最先端を行く広告という仕事に身を置きながら悶々と暮らすんですけども、なんか僕、自分の33年間、「由利」さんの中で起こったことがね、自分の中でも起こりはしないんだけども、何かこう、ずっと住んでて・・・うーん難しいやろ?小尾ちゃんこの話(笑。

[小尾](笑。

[田中]まぁね、あの、つまり、例えば中島さんが、所謂バブルというのがはじけたと世間で言われてる後にね、例えば『Hungry?』というコマーシャルを作る。

日清食品 カップヌードル「Hungry?」1993

 

[中島]はい。

[田中]でもその、もしかすると、あれは非常に哲学的だったんだけれども、じゃぁ『Hungry?』って。じゃぁ広告。広告?チャラいって思ってる人も居るわけですよ。

[中島]うん。うん。

[田中]で、じゃぁチャラくないって思われていた霞ヶ関の人は結構悪さをしていた・・・かもしれないんでね。

[中島]うん。うん。

[田中]だから、『なんとなく、クリスタル』というのは、そこに描かれてる「こんな生活」は私違う・・・って言う人居るかもしれませんけど、でもやはり私達がイデオロギーの、学園紛争があったその後に誰もが例えば、だって美術を見た時も、あっ綺麗!と思うのは理屈じゃないんですよ、洋服を見ても。それは五感がそう思う。だからそこから私達は始まるんじゃないのかな、っていう思いだった。

[中島]いや、すっごくそこの実感ね。小尾ちゃん分かる??

[小尾]実感・・・。

[田中]ふっふっふ。なんかオヤジが二人でそんな(笑。ねぇ眉目麗しいお嬢様に、なんか説教コイてるってリスナー思っちゃうかもしんないけど(笑。

[中島]要するに、僕らの前の世代っていうのは、ある種、んー、ひとつのテーマというか、キャンペーンのワードフレーズを掲げて、掲げて高く掲げて謳い上げて、闘っていく「われわれは」的な世代なんですけども、でも、ホントはウチのクラスのね、僕はだから、微妙にそっちに半分足を入れてましたから、芸術祭実行委員長で。

[田中]はいはい。

[中島]・・・ので、そこん中で、でも実際ウチのクラスにいたみうらじゅんとかは、そんなん考えんでええんちゃうおもろないやん、楽しいことやればええやん、とか言うだけの奴だったんですね。その極端、両極端があって、その間無いのかなと、うん。あのーなんでもかんでも反対だ!ってやるイデオロギーの世代と、そんなんええんちゃうってノンポリとも言わないんですけども、すごく実感、でもホンマは好きちゃうよねっていう実感のある世代、そこの間が僕の立ち位置やったんですよ。

[田中]『いまクリ』というのは17年ぶりに長い小説を書いたんですけども、今度5月に『たまらなく、アーベイン』っていう、私が所謂、AORという、アダルト・オリエンテッド・ロックと呼ばれた、これの本があって、これが復刊されるんですね。所謂、普通、古本というと10円とか100円とかで、なんか、ネットショップであんだけど、これだけは定価の4倍くらい(値段が)付いてたりすんで出すんですけど、僕は音楽もね、今までの、その頃の音楽のライナーノーツって、この曲にはこんなメ
ッセージがあるとか書いてあるわけですよ、ブルース・スプリングスティーンがこういう事を言ってるんだって。ホントかな??って、我々英語分からないし、バイ
ンギャルって帰国子女だって、こぶしが利いたようなところは分かんないでしょって。だから曲はやっぱり、例えば、今日のような土曜日だけど雨が上がったお昼に一人で部屋で聴く時、夕方日が沈む湘南の海岸でドライブしながら聴く時とか、あるいは小尾ちゃんとデートをしたのに、なんか食い逃げされちゃって、夜、首都高をちょっと涙チリって感じで深夜走ってる時にイイ曲とか。多分、そういう事なのにね、なのに何か今まで音楽ですらイデオロギーとかメッセージって言ったんで、そうじゃない、シーンごとに物語で曲が出てくるっていうのを書いたんですよ。それがまた今度復刊されんですけど、多分、我々の世代というよりも、その前の人達だって、多分、そういう感覚があったのに、なんかそこに理屈を付けないと、ちょっとチャラく思われんのかなって思い込んでたのを、そうじゃないでしょ?っていう。

[中島]はい。いや僕、この『いまクリ』の方でやっぱりAORに触れられてるところはあって、僕この言動、ってか、この記述ってホントにこれ、AORなんじゃないかな?と思ったんですよね。で、半分やっぱ商業的なモノではあったんですよね。で、多分、音楽ビジネスとしても成立してて、で、成立しちゃいけないみたいなんがあって、ロックは苦しまなきゃいけないっていう、ウチらの学年、いつもロックだよ、ロックだよってロックってのは生き方でもなんでもないんだっとか、音楽の種類だ!とかロック論争もあったんですけども、AORって小尾ちゃん分かる?

[小尾]AOR??

[田中]まぁ、あなたが知ってるんだとボズ・スキャッグスとか。

[中島]そう。

[田中]・・・そういう感じの人。

[中島]アダルト・オリエンテッド・ロック。渋谷にAORしか掛けない店があって、そこ大好きで。でもLPレコードって、ちょっとオールディーズなこだわりもあるんですけども、オールティーズじゃなくてヘビメタもなくて、AORだけなんですよね。あのー馬鹿にされるんですよ。ハードロックの人からはAORは。ジャーニーとか聴いてて、ジャーニーとか感動しちゃいけないんですよ、ロックの人からは。

[田中]ほぉ。

[中島]んで僕は、結構、ええやんかとか思ったりするんですけども、なんかあれはニセモノのロックだ的な論調もあって、で、ちょっと先輩達、そんな感じだったんですけどね。そうですか、その本楽しみ。いつ出された本だったんですか?

[田中]それは1984年で。で、5月の末には出ると思いますけど。

[中島]なるほど。

[田中]でも、多分ね、今お聴きになってる方も、いや、自分はAORなんてそんなの知らないよとかね、私は日本の曲だけだとか、あるいは逆にラテンの人だけだって言うかもしれないけど、今回の私の本で、いろんな方が割合好意的に珍しく書評して下さった中で、うれしかったのは、ある女性の書評家の方が、この中で例えば、50代になって結婚したり離婚したり再婚したり、あるいは婦人科系の病気を患ったり、子供の勉学や夫の仕事の事で悩んでると、でも、それは表層的に言えば、その人達は日本の中では非常にハイクラスな生活をしてるように見えるかもしれない、そしてそのイタリア料理を食べながら女子会でパスタの話をしてんだけど、でもパスタの話をしてながら同時に子宮頸がんワクチンってどうなの?って話してみたり、あるいは、なんか東京だって今、青山の辺りの方が、だって東京はオリンピックの前年から人口減ってくわけですよ。そうすると逆に独居の女性の方、今の東京の独居世帯の大体半分以上は独居の老人なんですよね。

 

共同通信 「問いへと導く女たちの声」 / ◆沖縄タイムス「著者の変遷描く多声小説」 - 温水ゆかり

http://www.nippon-dream.com/?page_id=13200

 

[中島]うーん。

[田中]これだけ若い独身の人が居るのに。そうするとコミュニティが希薄な中で、限界集落化してくんじゃないの?ってなことを語ってる。で、そうすると彼女がそれに対して、そうじゃない批評家がそんな何でパスタの話しながら、そんな限界集落の話をすんだ、絵空事だ、みたいな人に対して違うと。男の人ってそれとこれは違うみたいな事で片付けようとするけど、女性はパスタの話もしながら、でも子供の事も話すし、老人の事も話すし、それもこれも全部等価で話す。で、そういう物語だって言って。有り難いなって思ったの。だからなんかほら、牛丼かっ喰らいながら、こんな日本の政治はダメだって語ってるとリアルだっていうけど、でもその人達が、多分、フランスの文学かなんかの翻訳で、フランスの知識人が、懐石料理食べながらグローバリズム経済は、って語ってる翻訳小説があったら無批判に受け入れちゃうわけでしょ。だから、人間は、外側の、多分、形だけじゃなくて、いかにしてどんなことを考えたりしてるか。多分、中島さんがやってきたコマーシャルも、みんなはコマーシャル、って思ってる。視覚で見るけど、多分、そういう事を、イデオロギーでなく訴えられている。

[中島]んー、まぁそこまで・・・。

[田中]訴えるというか囁いている。

[中島]んー、でも感覚、共感を得なきゃいけないわけですから、共感を得ようとすると、これは一体どこが共感なのかって探る中に、やっぱり今の世の中に対する見方であるとか、今ちょっと変だなって思うことに対しての自分なりの立ち位置は持たないとコマーシャルも出来ませんから、そこ結構難しいですよね。

[田中]なるほど。

[小尾]なるほど。

[中島]はい。


*

[小尾]「しんやの部屋」、今日のゲストは作家の田中康夫さんです。

[田中]そうか、昼間なのに「しんや」の部屋っていう(笑。

[小尾]そうなんですよ(笑。

[中島]ありがとうございます。そこちょっと狙ってるんですけどもね。僕それで『33年後のなんとなく、クリスタル』河出書房新社、今、売れに売れてる。

[田中]いえいえ、そんなことない・・・。

[中島]・・・んですけどね。あのーこん中で僕は、田中さんの本音出ちゃってるなっていう部分がいくつかあって、例えば

 

 

 

 

どうにかしたいと思ってるよ。どうにかしなくちゃいけないもの、この日本は。ずうっとそう感じていて、だから、これまで書いたり・しゃべったり・動いたりしてきたんだと思う。多少は変えられた部分もあるかもしれない。でも、それは全体の中では、ほんのちいさな事柄でしかないのかも知れない。

 

 

 

 

辺りのこの感覚っていうのが、僕、『33年』、ものすごくピンと来て。

[田中]いえいえ。ありがとうございます。

[中島]それで、これをね、『もとクリ』の方で既にそういう感覚だったのかというね、とにかく、この『もとクリ』ってすごくきらびやかな生活が描かれてて、ただまぁ、
よく、よく読み込んでみるとちょっとだけ、少し曲がり角に行く感じ・・・があるんですよね。

[田中]まぁ、表層的にはねきらびやかに見えるかもしれない。でも、よく皆さんは、日本て経済学史的に言えばバブルというのは91年くらいに終わるわけですよ。その後『Hungry?』が2年後に出てくるわけですよ、中島さんの。で、この最初の本を書いた80年というのは、バブルでもなんでもないんですよ。で、みんなは表層的に、なんかきらびやかに見えるのはバブルだと思い込んでいてね。でも僕はこれは、私達が高度経済成長、多分、1970年に大阪万博というのが開かれて、多分、小学校の最終学年くらい、僕が中学生くらい。

[中島]そうです。そうです。

[田中]で、その頃から高度経済成長だけど、80年からは逆に言えば、堤清二さんがセゾン文化と言って、単に流通だけではなくて、そこに付加価値を付ける高度消費社会に入っていった時だと思うんですよ。

[中島]はい。はい。

[田中]で、高度消費社会であって同時に経済もグローバル化してって、私達がだんだん、皆、そりゃ社会において歯車なんだけど、非常にもっとそうなってっちゃう。その時の不安でもないんだけども、その中で物質的だけじゃなくて精神的にも豊かってのは、例えば、とても好きな人と居る瞬間、あるいは、おいしいものを食べた瞬間。どんな方もB級グルメだって自分の好きなものを食べた瞬間って数字に換算できない、えもいわれぬ確かさや喜びじゃないですか。

[中島]はい。

[田中]そういうささやかだけど確かな事というのかな。それを得ていくというのが人間かなって。

[中島]そうなんですよね。ですから「由利」さんが、一生懸命獲得しようとしてるものって、「由利」さんて大概お金的には大丈夫なんですけど、でもなにか求めて行きたいものがあって、それは欲というよりも、僕なんか知らないですけども、今の僕は、僕達の後輩の世代というのは、クリエイティブ見ててもそうなんですけども、ちょっと違うコトになってるんですよ。

[田中]うん。

[中島]あの、ソーシャルハッピーっていうことに対してものすごく敏感というか、ナチュラルな立場でいられる。ソーシャルハッピーって、僕らって、コマーシャルって
ある商品を売る、企業の儲けを上げていく為に広告ってあったってのが、広告がね変わり始めてきてるんですよ、もう何年か前から。特にネットが出てきてから、広告・・。

[田中]ソーシャルハッピーってのは、商品だけじゃなくて社会全体の話ってこと?

[中島]・・・だけじゃなくてみんなが幸せになることを、もっと求めなきゃいけないみたいな。僕がグランプリを頂いたカンヌが、カンヌ広告祭が、ですからカテゴリー
、僕(の時は)フィルムとプリントしか無かったんですけど、今17カテゴリーあって、最終カテゴリー、一番新しいカテゴリーは「health」、健康だったりするんですけ
ども、なんかクリエイティブの力でみんなを幸せにすることは出来ないのかっていう事を、普通に今の30代ぐらいの人達から思い始めてる。僕らからすると、全然違うまた新しい波。それは、じゃぁよりリッチかというとそうでもなくて、もうちょっと質素だったりするんですけども、そこの繋がりの中にもっと喜びってあるよねって
いう辺りを探ろうとしている動きと、まさにこの『33年後』の中で語られてることは、ぴったり符合するところが一杯あって。

[田中]まぁ、だから映像というものは視覚的かもしれないけど、同時にインターネットの広告も出てきて、インターネットは無国籍なわけですよ。国境も越えてしまってる、集落も超えてしまってる。でも、逆に言えば、そういう中において先ほど言ったささやかだけど確かな事をしていこうというモノが描かれているとしたら、それは表層とは違って中島さんがすっと追い求めてたのと同じなんじゃないですか。

[中島]いやものすごく、同じモノを追い求めて、今も彷徨っているんですけれども、何かそこら辺をずっと芸術祭実行委員長の時から思っていた何かを、ちゃんと顕在化させていかないと多分、この後僕達の国の中で生きていくことに、なかなか幸せを掴んでいけない、みんなが幸せな社会って作りにくいんじゃないかな、それ、だから一人ひとりがやるしかないんだみたいな事が、無力だけど・・・。

[田中]あぁ『微力だけど無力じゃない』という言葉ですね。

[中島]・・・という辺りがですね、ググっと来ますけどね。全然話変わりますけども

[田中]はっはっは。はい。ナニナニナニ?

[中島]あのー、ボールペンテル使われてたんですか??(笑。

[田中]あっ、そうなんです。ボールペンテルってのはペンテルが出していたサインペンというか・・・。

[中島]あれなんですか、ボールペンの樹脂のペン先を持つボールペン。

[田中]えぇ。今回の本も註があるんですけど、そこに書いてますけども。

[中島]ボールペンテル知らないでしょ?

[小尾]ボールペン・・・はい。ペンテル?

[田中]サインペンとボールペンの中間みたいな、大変な・・・。

[中島]青緑の、すごかった。僕も、あれ細書きと太書きがあって。

[田中]うん。あれは僕は榮久庵憲司さんのキッコーマンの瓶と同じぐらいすごい日本のモノだと。

[中島]うん。すごいですよねプロダクトデザインとして。突然話飛んですいませんね(笑。

[田中]ふっふっふ。

[中島]だけど僕はそこの部分で、グっと来ちゃってヤバイ感じが。「あっ、んー」思いました。

[田中]あぁ・・・。

[中島]えっとなんかこう、話また変わります。

[田中]はい、どうぞ。

[中島]えー、『なんクリ/もとクリ』のヒットでですね、色んな活動をされ始めるんですが、その最初と言いますかバブルの頃ですけども、バブルに移行の頃ですけども、私の本業であるところのテレビコマーシャルにも出演されたと。

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[田中]あのー大学出て最初は伊勢丹リクルート用のスーツに「ネクタイ労働も楽じゃない」ってコピーを博報堂の方が書いて下さって出たのがありますけども。

[中島]えぇ?!そうなんですかモデルじゃないですか。

[田中]その他幾つか、モデルです(笑。その頃は紅顔の美少年ですから私も(笑。

[中島]いえいえいえ、そうでしたよ!写真もすごい。

[田中]で、CMはね確か1983年か、キリンのビヤ樽ってのに細野晴臣さんと春風亭小朝さんと一緒に。

[中島]えぇ、あのーなんか麻呂な格好で、源氏物語の設定で。

[田中]源氏物語のような格好で出てる。

キリンビヤ樽CM 【春風亭小朝 田中康夫 細野晴臣】1983 キリンビール

 

[中島]これなんか視聴者さんからなんか・・・。

[田中]なんか私の顔が当時は沢田研二さんに似てるって言われて・・・。

[中島・小尾]ほぉー。

[田中]そしたらある批評家の人がジュリーと間違えられるなんてもって瞑すべしだって書いてたのを覚えてますが。

[中島・小尾]はっはっは。

[田中]んーん。

[中島]そこまで批評しなくてもいいんかな?と思いますけども(笑。

[田中]ふっふっふ。

[中島]でも、この頃ですね、やっぱりひとつ川崎徹さんという、私にとってはすごい神様のような方がサントリーで、ピヨピヨピヨとかやっておられたんですよね。

[田中]あーなるほどね。

[中島]意味不明だと思いますけども。

[小尾]はい。

[中島]そういうもう、作るコマーシャル、僕なんかのレベルじゃない、作るコマーシャル作るコマーシャル、大ヒット。

[田中]うん。

[中島]もうホント社会現象になるようなコマーシャルばっかりを打ち続けてる、もう神様のような存在の川崎徹さんが居たんですけども、その時代、ナンセンスCMが流行ってて、まぁこれもひとつのナンセンスCMのひとつですよね。

[田中]んー。

[中島]まぁ、ひょっひょっひょとかって笑うだけなんですけども、なんか覚えてるんですけども、そんなに意味は無い、でもなんかね、カルチャーはあるんですよ。

[田中]うん(笑。

[中島]だから意味はあるけど、ちょっとカルチャーが減ってるんちゃうかな?って自分では思ってるんですよね今のコマーシャルって。すごくメッセージとか無駄無く伝えれるんですけど、すごく遊びの部分が無くて、ちょっとなんか、あの当時、あーこん時ってもっと豊かだったなっていう、いろんな意味でって思いますね。

[田中]うん。

[中島]・・・というCMの話題も挟みつつなんでございますが。田中さんね、僕ね、要はすごくおいしいもの食べる、でとても快適な生活をする、でもやっぱり困った
人を同時に助けられるっていうね、そこを目指すっていうの僕ね「その事やったな」って思うんですよ。あの、すごく良い事をしようと思ったら苦しい思いをしなきゃ
いけないっていう風な、アレがあって、元々僕、こういう髪型なんでね。

[田中]ふっふっふ。

[中島]お坊さんていうのは、ご飯とか我慢しないと修行積めなくて、偉くなれなかったりするじゃないですか。そういう概念があったんですけども、なんかでも、物凄くおいしいものとかをみんなで、楽しい生活をしながら・・・。

[田中]だって食うや食わずで隣人愛を説くことは多分、出来ないと思うんですよ、餓死してしまうから。

[中島]あぁ・・・。

[田中]だから自分もお腹に一分目二分目は入れる。でも腹八分目じゃなくても、もしかしたら五分目の時にそれを、その他の人にもハッピーになってほしいなっていう気持ちが必要で、これ、ところが今はもう、数字に換算できないものは価値ゼロだ、みたいなね。文化とか伝統とか家族とか集落はみたいになって、腹十二分目になっても、法律に違反してなきゃイイじゃねーかとか見つかんなきゃイイじゃねーかみたいなのが、妙な、無国籍な発想でしょ。でもそうじゃないっていう。

[中島]そうですね。

[田中]だから多分、中島さんがコマーシャルという世界でやっている事も、それはやっぱり人に潤滑油を与えるってことじゃないですか。

[中島]えぇ。えぇ。

[田中]もしかしたら文章を書いていく、あるいはラジオを作ってる方も数字に換算できない、だって物凄い残業もあるかもしれないけど、一人ひとりのリスナーから良かったよって来たらその背後にどのくらいの人がいるのかな?と思ってそれが喜びでしょ。

[中島]まさにそうです。

[田中]だから私にとっては、毎回言ってるけど恋愛もあれなんですよ、行政も政治やボランティアも仕事のみんな、みんなに喜んで貰ってナンボだから。

[中島]みんなに喜んでもらってナンボ!

[田中]だからナンボもお金の話じゃなくてね。

[中島]・・・ではなくて。僕の提唱してる「よろこんでモライズム」と近いですね。

[田中]あぁ・・・。

[中島]また今度ゆっくり。

[田中]是非お願い致します。ありがとうございまーす。

[小尾]ありがとうございます。田中康夫さんの本『33年後のなんとなく、クリスタル』は河出書房新社から1600円+税で好評発売中です。私も『もとクリ』を読まず
に『いまクリ』から読ませて頂いたんですけど・・・も、思い出の数々が描かれてたので、十分楽しめました。読んで無い、前作読んで無いっていう方も楽しめると思います。「しんやの部屋」、今日のゲストは田中康夫さんでした。ありがとうございました。

[中島]ありがとうございました。

[田中]どうもありがとうございました。

 

 

*

 

 

たまらなく、アーベイン

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  ※5月刊行予定

 

33年後のなんとなく、クリスタル

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