1999年6月12日 NHK ETVカルチャースペシャル 「オンリー・イエスタデイ80年代 <こころ>はどこへいったのか」 出演 浅田彰 田中康夫

 

 

 

1980年10月 アナタハ何ヲ シテイマシタカ?

 

 

 

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[田中康夫] 1980年の10月は、僕は丁度『なんとなく、クリスタル』ってのを新人賞に応募して『文藝賞』っての取ったんですね。

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それが10月の17日とかだと思います。ただ、私は応募した後、一次選考二次選考の結果も雑誌見てなかったんで・・・。というのは当時付き合っていた女の子に見せたら、彼女は妙に小説が好きだった人なんで「これはもう、ストラクチャーとして間違っている」と言われて、「しまっておきなさい」と言われて、「いや、もう応募しちゃった」って言ってですね・・・。

 

六本木へ遊びに行く時には、

クレージュのスカートかパンタロンに、

ラネロッシのスポーツ・シャツ

といった組み合せ。

ディスコ・パーティーがあるのなら、

やはりサン・ローランかディオール

ワンピース。

輸入レコードを買うのなら、

青山のパイド・パイパー・ハウスがいい。

  

『なんとなく、クリスタル』より

 

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例えばその日、自分が雑誌だったりテレビで良い意味ではなく話題になっていたりする日も、あるいは良い意味で話題になった日も、いつも同じように受け入れてくれる。それは、駅前の自分が行きつけの居酒屋でいつも受け入れてくれる、というのとある種似たところはあるんでしょうね。

 

 

僕は、何故’80年に『なんとなく、クリスタル』を書いたか?

 

 

まぁ、大学留年したからってせいもあるけれども、今までの日本の小説であったり他の表現形態の中に、あの手の若者を書いたものが無かったと思っていたんですね。ある文芸評論家の言葉を借りると「頭のカラッポなマネキン人形が、ブランド物一杯下げて青山通りを歩いているようなもんだ」と言ったわけです。

でも、僕がそこで思ったのは、満員電車に乗ってる女の子が、自分のお給料で貯めて新しく買ったひとつのフランス製かイタリア製の鞄を持って嬉しいなと思う気持ちと、例えば研究者が、あるいは本好きな人が、非常に難解な記号論の本を読んで、一冊読了して「記号というものが分かった!」と思って喜ぶ、「少しお利口んなったな」と思う気持ちは、これは同じ人間が感じる感情な訳です。 

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で、同じ人間が感じているという点においては、これは優劣の差は無いわけです。元々、日本の批評とかっていうのはブランド、つまり物質的なモノを知る事と、本を読んで知る事はハナから違うディメンションだっつってた。僕はそうじゃないと。すべて人間の価値ってのは等価であって、価値がそういう、何が価値なのか分からない紊乱なものになっている、その意味で言うと、その人が何を着てるのか、どんな店にいってるのか、どんな友人がいるのか、そういう、外の浮遊しているものによってしか生身の人間が規定し得ない時代、それを書こうと思ったんですね。

それは、むしろ、80年代の消費社会は軽薄短小だって苦々しく言っていた人達の方が、むしろその事に気がついて居なかったじゃないかという気がする。むしろ消費社会にまみれていると言われた人達の方が、そのモノを、あるいはそのひとつのご飯を食べた時、好きな人と居る時の、その一瞬の喜びは永遠には続かなくて、でも、だからこそその自分が、自分である事が分かりにくい、アイデンティティの持てない社会だからこそ、この美味しい味、このあたしの好きな洋服、あたしの好きな人っていう事に行ったんじゃないかなっていう気はしますね。

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[田中康夫]こんにちは。

[浅田彰]あぁ、いらっしゃい。

[田中]遅くなって。失礼します。

[浅田]どうぞどうぞ。 こうやって京都で会うとまたね、ゆっくりしますね。ちょっと時間が止まったみたいで。田中さんの『なんとなく、クリスタル』っていうのは、あれは?

[田中]あれは81年ですね、本が出たのは1月ですね。書いたのは80年の4月ですね。

[浅田]僕の『構造と力』ってのが83年。だからもう、ほんと20年近い・・・。でもなんかほんの昨日のような感じもするし、すごい昔のような感じもするし。不思議だね。

[田中]我々の場所とか、我々の理念とかスタンスは変わんないけど、ステージ自体がずーっと移動しちゃったから、我々はなんか端の方に・・・。特に僕の場合は、消費社会の申し子のように云われていたんだけども、気がついたら一番、消費社会とは対極の、端っ側にいるような気がしますけど。僕がヴォランティアといっても、そらぁ僕は神戸という街は何回か行った事があるし、好きだった街だし。

[浅田]無量広大なガールフレンドが居るって言われてますよ。

[田中]付き合ってたコが・・・いやいや(笑)。だから、すごく僕にとっては近い距離だった。でも、神戸の地震が遠い人も、もしかして日本海、行った事なくても海が大好きな人ならば、重油が漏れたときは近い距離だしね、それぞれ自分が関心のある事をする。

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[田中]それともうひとつは、なんていうのかな、一時期、僕や浅田さんが対談の場で、むしろモダンてのをもう一回日本は構築しないといけないんじゃないか、それは別にポストモダンの敗北でもポストモダンを否定することでもなんでもなくて、やっぱり精神の相克、インディビジュアルな中でお互い分かり合えないからこそ分かり合おうとする努力に喜びもあるし、というところのモダンをもう一回作んなきゃいけないんじゃないかってとこあったと思うんですね。

[浅田]そうそう。

[田中]精神のモダン、作られないまま物質のモダンだけ、石づくりの建物だけ来ちゃって。

[浅田]モダンな時代、つまり近代というのはとにかく「大きな物語」というのがあってね、社会全体がそれに引っ張られてた、と。で、例えば、「技術の進歩」とか、「経済の成長」とかね。あるいはまた、「社会の革命と人間の解放」とか。そういう事でどんどん社会全体が成長していく、進歩していくっていう。で、またそうなきゃいけないんで全身全霊それに捧げるっていうね。ま、そういう「大きな物語」の支配っていうのがあった訳じゃないですか。60年代、特に後者、つまり割りとラディカルな「大きな物語」というのが左翼とか新左翼というような形で出てきて。で、爆発して。だけど日本の場合、72年の浅間山荘事件ぐらいでね、非常に悲劇的な格好で自閉する訳じゃないですか。そうするとね、なんとなく60年代がそういう「大きな物語」の最後の熱狂というかね、高揚の時代だったとして、70年代は「挫折の時代」ですよね。だけど、その後、よくも悪くもバブルに繋がるような景気の上昇もあって、ある程度の余裕に支えられて、転換の時代というかね、転換の可能性の時代というか、そういうものとして80年代はあったと思うんですよ。そうするとね、別にそんな「大きな物語」っていうのは無くていいと。

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[浅田]それぞれ、しかし、自分の場所で色んな矛盾に直面してるんでね。で、それぞれの「小さな物語」があると。そういう色んな「小さな物語」が色々散乱しつつ、でも交錯すると。本ばっかり読んでる人とデザイナーズ・ブランドに夢中の人が出会うっていうのが面白いって事だったんだけども、なんか80年代から90年代にかけては、それがもう一回タコツボ的に自閉していったっていうのかな。つまり、すごくマニアックに本だけ読んでる人もいる、すごくマニアックに一部の例えばヘアデザインならヘアデザインに夢中になってる人がいると。それがポツポツとタコツボみたいにあってそれぞれがネットワークされてないっていうね。

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[田中]生意気な言い方をすると、例えば、僕の『なんとなく、クリスタル』や僕達が生きてきたのは、ただそれが気持ちよかったりそれが好きだから取り入れたんで、それを取り入れるという事になんらかのものすごく意味があったり、さっき言ったように、考えてから行動する訳ではない、考えないで行動してたわけでもないんです。見ないで取捨選択してた訳ではないんです。全て全部一緒にやって、そこになんらの意味も無いんだと。でも明らかにその本見に行ったり、展覧会行ったりあるいは、このバッグを買うって事には意味は後からついてくる。

[浅田]ちょっと上の世代がね、ある意味で大きな物語を担うという事で所謂アイデンティティね、つまり自分の同一性っていうものをなんとか築こうとしてて。そうするとその大きな物語が頓挫するとアイデンティティにも傷がついてさ、挫折と幻滅という事になる訳じゃないですか。で、それが60年代から70年代への転換だったという気がするんですよ。で、僕達は幸か不幸かその時まだ子供であって、その後で既に相対主義化された世の中に出て来た訳ですよね。だから別になんかこう、アイデンティティを作らなきゃいけない、とも思わないし。で、今まであったアイデンティティが無くなってすごく幻滅したとかね傷ついたとかいう事もないと。可能性の中心においてはね、まぁ云わばなんていうんだろう、豊かに開かれた空虚っていうのってつまり、自分は空虚なのかもしれないんだけども、その都度のいろんなモノとの出会いによってね、一瞬一瞬それがクリスタルなんだけども色んな色に染め上げられて、また透明に戻るっていう風な、それで全体として儚いといえば儚いけれど、その事の中になんか一瞬生きてる事の喜びがある、みたいな、そういう感覚っていうのがありましたよね。

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 [田中]分かり合えないからこそ分かり合う、っていうところの分かり合えないってところが昔「人間は分かり合えるものだ!」って言ってたのが青春ドラマですよね。努力すれば全部出来るんだと。努力しても出来ない事もあるから、努力する喜びや新しい方法論を見つけるんであって、そこの大本が曖昧できた国が80年代があったんだけど、今大本が、なんでしょうね。曖昧だった事も分からないまま、もっと80年代を否定しなきゃいけないみたいになってきちゃってる。で、だからその意味でいうと、非常に、僕なんかには居心地の悪い社会。でも、ただあまり僕は悲観的にも見ていなくて、例えば神戸という所で、神戸の空港というのがあまりに不思議じゃないかと言う人達がいる、と。一個思うのは、推進派と言われるような企業の人達が多く勤めているような神戸駅という駅前で署名を集めると、三、四人歩いてくるスーツ姿のサラリーマンの人がこっちをチラっと見るけどそのまま行っちゃうんですね。ところが郊外の、東灘区や北区とかいうところの最寄の駅でも夜遅くまで集めてると、同じ会社のバッジをつけた人が、独りになったときには署名をしていく。それは僕は非常にタコツボでみんな追われちゃってるように見えるけども、個人になったときというのは意外と自分の生理や自分が思ってる良識を出せるんだなと。

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一緒にいた女性の事なんていうのは、今でも思い出したりされますか?

 

[田中]しますよ、そりゃ。男の、またジェンダーだって怒られるかも・・・。男の人って意外とそういうところは、むしろ情念的なとこがあんじゃないの?例えばほら、付き合っていた女の子と嫌ってわけじゃなく、なんとなく別れちゃったのに、ある時なんか思い出して涙が出てきちゃって、そのコが昔住んでた家の辺りまで夜独りでドライブに行っちゃうとか、そういうのってあるでしょ?僕の友達なんかでも、離婚したあとにやっぱりその、もう、別れたくて離婚したのに泣いちゃったり、昔住んでた家んところ行ってマンションの壁触っちゃうとかってあるよね。人間ってそういう、ホントに不可解な動物なんですよねきっと。


『なんとなく、クリスタル』

  

交差点のところにある地下鉄の出口から、

品のいい女の人が出てくるのが見えた。

シャネルの白いワンピースを、

その人は着ているみたいだった。

横断歩道ですれ違うと、

かすかにゲランの香水のかおりがした。

三十二、三歳の素敵な奥様、

という感じだった。

<あと十年たったら、

私はどうなっているんだろう>

下り坂の表参道を走りながら考えた。

 

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「註の新たな註」 「いまクリ」と「もとクリ」、その記憶の円盤が舞い続ける時空。

ようこそ現在から1980年の東京、そして日本へ❣「✽文庫本化に際しての、ひとつの新たな長い註。」でお約束した「註の新たな註」は、両書に登場する「字句の解釈」に留まらず、高度消費社会の幕開けから現在に至る時代背景を、関連する僕の拙稿等も紹介しながら絵解きしていくサイトです。

Amazon田中康夫公式著者ページは以下のバナーからアクセスできます。ぜひご利用下さい!

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2014年11月30日 J-WAVE ロバート・ハリス VINTAGE GARAGE ゲスト 田中康夫

貴方の旅路を照らす人生のヒント。
それは貴方の好奇心の数だけ輝く
スターライト。
旅に出よう。
自分だけのビンテージワールドへ。
Let's hit the road! Vintage Garage.

セゾンアメリカンエクスプレスカード
Vintage Garage。

こんばんは。永久不滅のビンテージを探す旅人ロバート・ハリスです。FM NORTHWAVE、J-WAVE、ZIP FM、FM 802、CROSS FMのJFL5局を結んでお送りする
セゾンアメリカンエクスプレスカード Vintage Garage。

今夜のゲストは、元長野県知事で作家の
田中康夫さん。

・・・家庭教師のお金を持ってですね、ちょっと気に入った女の子と行ったんですよ。で、まぁ、ここのお店ではこういう料理って書いてあるんでそれをそのままとって、で、ワインを選ぼうってんで。でまぁ、赤ワインを僕はその、6月に、いやぁここではボージョレーが良いってガイドブックに書いてあったんでそのまま鵜呑みにしてボージョレーってった訳ですよ。ったらそこの従業員の人が優しくて「いやっ、今の時期、もっと他のこういうのがありますよ」ったけど僕は「ぼーじょれーですっ!」って。

・・・まだ無名の学生だった僕は、だって欲しいのが、10枚とか出てくる訳じゃないですか。やっぱりせいぜいが、1回には2枚か3枚な訳ですよ。(高いんですよねレコードは)そうです!しかも試聴が出来ない・・・。

1980年に出版され、ベストセラーになり、社会現象にもなった著書『なんとなく、クリスタル』から時を経て『33年後のなんとなく、クリスタル』をリリースされた田中康夫さん。今夜は33年分の足跡を一気にタイムスリップ。彼のこだわりのドライブコースから蘇る田中康夫さんの「記憶の円盤」とは何でしょうか。 
お楽しみに。

今回は音楽にも造詣が深い田中さんのクリスタルな選曲でお届けしていきます。
ロバート・ハリスがナビゲート、時空を超えて愛される
永久不滅の音楽や言葉に出会う旅。
セゾンアメリカンエクスプレスカード
Vintage Garage。

最後までごゆっくりお付き合いください。

Carole Bayer Sager - Sometimes Late At Night 1981

Vintage Garage. We're driving from 六本木ヒルズ to 青山エリア with the guest today 田中康夫.

[ロバート・ハリス]Vintage Garage 今日のゲストは田中康夫さんです。どうもこんばんは。

[田中康夫]こんばんは。

[ハリス]よろしくお願いします。

[田中]こちらこそ。

[ハリス]今日のドライブは田中康夫さんご指定のコースで、六本木からスタートして霞町、青山、外苑、東京タワーなど、ホントにあの都内の中心部をぐるっと周るという、いい感じのドライブなんですけど、思い出の地があれば教えて下さいませ。車を止めて降りてもかまわないんで。そして今回の選曲はすべて田中康夫さんセレクションということで。

[田中]いえいえ恐縮です。わがまま言って選ばせて頂きました。

[ハリス]すごく楽しみにしてます。で、後ほど音楽の話は、じっくりとしたいと思います。まずは六本木ヒルズから霞町の交差点、西麻布ですね。僕はよくこのTeTeSってお店使うんですけど、この辺はどんな感じでした?80年代の頃は。

[田中]このあたりって、今日は通りませんけどフロムファーストビルっというのが南青山の青南小学校ん所にファッションビルで。たぶんあれは僕が予備校から大学に入る時の春にグランドオープンしたんですよね。で、それからだいぶ経ってから例えば、白金台とか駅から遠い場所に逆にファッションビルが出来るようになったけど、みんな昔は駅の前って言う感じでしたよね。だからこの霞町とかは、食べ物屋さんも、昔からの人が来るところあるけれど。

[ハリス]そうですね、だから、よく「麻布十番に地下鉄の駅が出来ちゃって」って嘆いてる人も居ますよね。ここでもうなんか、違うとこの若者が来過ぎちゃって、ていう。ここはまだあれですよね、西麻布っていう、まだ陸の孤島的な場所ですよね。

[田中]まぁ、でも随分食事をする場所がね、出来てきましたけど。

[ハリス]やはり80年代前後は、そんなになかったですか?

[田中]所謂、フランス料理とかイタリア料理も含めて、ホテルの中にフランス料理店てあるけど、街場でフランス料理のお店、或いは、ましてやイタリア料理ってすごい少なかったじゃないですか。

[ハリス]そうですね、あとビストロ的なところも少なかったですよね。

[田中]西麻布は、ビストロ・ド・ラ・シテとかあるいは、また今は閉めてしまったんですけども、六本木の交差点から飯倉片町行く途中にイル・ド・フランスって。

[ハリス]ありましたありました。

[田中]ね。僕はあそこに当時、ガイドブックを見てですね、六月くらいに家庭教師のお金を持ってですね、ちょっと気に入った女の子と行ったんですよ。でまぁ、ここのお店ではこういう料理って書いてあんでそれをそのままとって、でワインを選ぼうってんででまぁ、赤ワインを僕はその六月に、いやぁここではボージョレーが良いってガイドブックに書いてあったんでそのまま鵜呑みにしてボージョレーってった訳ですよ。ったらそこの従業員の人が優しくて「いやっ、今の時期もっと他のこういうのがありますよ」ったけど僕は「ぼーじょれーですっ!」って。

[ハリス]ふふふ

[田中]でもね、ボージョレーってヌーボーだけではなくて、今の時期流行の元々、ボージョレー地区では通年のものもあるんですよね。でも当時はそういうワインのことすら、ほとんど皆の話題には上がらない時代でしたよね。

[ハリス]まだあれですか、ワインのことはあんまり知らない社会だった?

[田中]僕がその時行ったのは、1977年とかですから。

[ハリス]なるほどね。

The Rah Band - Clouds Across The Moon 1985

[ハリス]僕は丁度72年から89年まで、海外生活だったんで、丁度田中さんが書かれたこの時代を僕は日本にたまにしか帰ってこないんで、たまに帰ってくる度になんか日本はどんどん変わって、特に若者文化がどんどん急激に変わってきたなっていうのが肌で感じるんだけど、その中身まで追求することが出来なかったんですよね。だから田中康夫さんの『なんとなく、クリスタル』はすごく僕にとっては良い解説になりました。

[田中]それまでは、所謂学園紛争の頃の話とかね、あるいは米軍基地の中に友達がいてとか、あったけどごく普通にこの青山とか、あるいは渋谷を歩いている人ってのが描かれて無かったと思うんですよね。で恐らく、今までの文学の方は「いや、そこを歩いている人はそれこそ頭がカラッポなマネキン人形がブランド物を一杯下げて青山通りを歩いているようなもんだから、これは文学じゃない」とか言ってた訳ですよ。

でも僕、別に芸術って、上野の芸術院の森の中からだけ出てくる訳ではなくて、新宿の歌舞伎町かもしれない、あるいは、すごい山間の村かもしれない、あるいは青山かもしれないし、そこから出てきたものが皆がどう評価するか、なので現実にそういう若者がいるならば、それを描いてじゃぁそれをどう思うか、って話になれば良いなと思って書いたんですけどね。

[ハリス]丁度、田中康夫さんも描かれている人達と同世代なんですよね。

[田中]そうですね。僕は1956年ていう、あの「もはや戦後ではない」という風に経済白書に書かれた年に生まれたんですね、ですから日本がある意味では非常に高度経済成長そして、そして様々な意味で、カギ括弧付きかもしんないけど「豊か」になってきた時に二十代を迎えた、っていうことだと思います。

[田中]今度、『33年後のなんとなく、クリスタル』てのが、この11月の末に発売になったので。

[ハリス]もうなったばかりですよね。

[田中]はい。まぁあのそれはその、主人公達が、と同時に、そこにカタカナで「ヤスオ」という人も出てきて、で、主人公やその登場人物達と実際に会って、会話が進んでいくと、だから、あの本の表紙には「1980年に大学生だった彼女達は、いま50代になった」という形なんですけどね。

[ハリス]この、最初の『なんとなく、クリスタル』が出た時は、すごいリアクションだったみたいですね。『文藝賞』を取って、急に、大学生ですよね。

[田中]そうです。

[ハリス](大学生)だった田中さんがこう、時代の寵児になってしまったという・・・。そのときは、なんかこう、びっくりされました?

[田中]いやあの、まあ、まさに、one day I awoke to find myself famous...って感じではありましたけど(笑)。 まあでも、あの中で僕はその現実にいる若者、ってのを描きたいと思ったんですけども、で、それが中身が有る無いていうような議論や、或いは、そこに僕は註を付けたわけですよね。

[ハリス]はい。

[田中]で、なんで註を付けたんですか?と、いやだって夏目漱石森鴎外の小説だって昔の言葉が分からない人、或いは、本郷の地名とかは註が無ければ、閉ざされた記号にしかならないじゃないですか、と。だから僕は別に、その人達の生活で、他の方たちが分からないところを註を付けたんです、或いは、その註が単に説明だけでは無くて、その中で社会的な批評も含めたんですってことを述べたんですけどね、みなさん、カタログだ、とか、ブランドだ、でも実は本の註の一番最後には、日本の合計特殊出生率、所謂、一人の女性が生涯に何人お子さんを生むか、その現在とこれからの予測、それから、高齢化率の現在とこれからの予測の表を載せてるんですね。

[ハリス]これは何故載せたんですか?

[田中]恐らく、僕もその時まだ二十四ですけど、多分この私達の物質的に豊かなだけじゃなくて、精神的にも確かさが欲しいと思っている人間が、でも日本がこのままの形で所謂右肩上がりとか、量の拡大という形で進むのかな、もしかしたら、人口も減るかもしれないし、その時に私達は右肩上がりの量の拡大でなくて、質の充実というような在り方を変えないといけないんじゃないのかな、って思ったんですね。

Teddy Pendergrass - Turn Off The Lights 1979

[ハリス]ロバート・ハリスがナビゲートするVintage Garage。今日のゲストは田中康夫さんです。我々は丁度、原宿の上の丁度、オリンピアコーポの横を・・・。

[田中]そうですね、リムジンなのに運転がとても滑らかで。

[ハリス]気持ちいいですよね。でも、あっという間に来ちゃいましたね。

[田中]はい。

[ハリス]あの、僕は改めて、田中さんの作品と音楽を絡み合ってハーモニーとなる密接な関係にあることを、改めて僕も実感したんですけど。あの、『なんとなく、クリスタル』もそうなんですけど、学生当時音楽の情報やレコードを買う場所って何処だったんですか?

[田中]えっと、僕は大学は国立という場所にあったので、そこにも輸入盤入れるお店はあったんですけども、僕は、これから通る骨董通りの入り口入ったところに昔、パイド・パイパー・ハウスという、ハーメルンの笛吹きの絵のところがあって、そこによく行って、まだ無名の学生だった僕は、だって欲しいのが十枚とか出てくる訳じゃないですか、でも家庭教師のお金を持ってっても、せいぜいが一回には二枚か三枚な訳ですよ。

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[ハリス]高いんですよね。レコードは。

[田中]そうです。しかも試聴が出来ない・・・。

[ハリス]試聴コーナーも無かったですもんね、その頃は。

[田中]だから、何枚も入ってきてるのは、まぁお店で掛かっているけれど、一枚二枚、それこそそのカット盤という上に穴がドリルで空いたような、まあ車でいう新古車みたいな感じの存在のとか聞けませんもんね。だからそこで随分教えられましたね。あとは、もうひとつはウィナーズという、元々は四谷の昔の文化放送の前にあった四谷ライブというところが、所謂、ディスコ系の音楽、まだクラブと呼ばれてない頃。で、狭い階段を薬屋さんの二階三階に上がると、そこがホントにディスコのDJの人達が買いに来ていて、よく行っていました。

[ハリス]今日の選曲はどういったトピックの元に選曲して頂いたんですか?テーマの下に。

[田中]昔、ベストカセットを作るようなときにですね、夕方であったり、或いは、それから夜、或いは、ひとりで、或いは、彼女と二人の部屋で、というときに相応しいと僕が思ってたような曲を選ばせて頂いています。

[ハリス]じゃ、こう、日曜日のゆったりした午後六時から七時の間に聞いても是非良い感じですか。

[田中]あぁ、もう、そう、是非それは相応しいと思います。

[ハリス]皆さん、聞きながら是非それを感じて聞いて頂きたいと思うんですけど。

そんな田中さんに、酷だと思うんですけど、まぁ、大好きな音楽、vintageを一曲紹介して頂きたいんですけども。

[田中]はい。

[ハリス]何を話して頂けますか。

[田中]今日は、あのルパート・ホルムズのSpeechlessという曲を選ばせて頂きました。

[ハリス]これにはどんな思い出がリンクしているのですか?

[田中]これはやはり、わたくしがパイド・パイパー・ハウスで、レコード店で、ジャケットを見て、ちょっと家の中の、なんかチューダー朝的な家なんですけども、そこに彼がラフな格好で立っていて、うしろに幻影のように女性が立っている、ジャケットの裏側には、その彼女が履いていたヒールがですね、パーティー用のような靴、それを彼女が手で持っているという、で、あぁいいなぁと思ってですね、まずジャケットを見て。

[ハリス]ジャケ買いですか(笑)。

[田中]もう、試聴もしないで。聴いて、ったらスゴイんですよ。

[ハリス]はい。

[田中]もちろん、最初は音色ですよね、音楽。で、またこのSpeechlessてのは、ほんとに男の子が、大好きなんだけども彼女の前に行くと言葉が出せなくてなってしまってという感じのですね。非常に音としても良く出来てるなと。

Rupert Holmes - Speechless 1978


セゾンアメリカンエクスプレスカード Vintage Garage。
ゲストにお迎えしている田中康夫さんが選んでくれたVintage musicの詳しい情報は
番組web siteでチェックできる他、購入することも出来ます。
そして、セゾンアメリカンエクスプレスカードで購入された方には特典としてもれなく、わたくしロバート・ハリスが書いた本『Women - 僕が愛した女性達の話』こちらにサインを入れてプレゼント致します。Vintage Garageのweb siteからアクセスして、是非とも貴女の好奇心の扉、開いて下さい。

Vintage Garage、ゲストは田中康夫さん、この後のキーワードは・・・。

 

「もとクリ」と「いまクリ」の間


Vintage Garage. We're driving from 青山エリア to 東京タワー with the guest today 田中康夫

[ハリス]Vintage Garage 今夜のゲストは元長野県知事・作家の田中康夫さんです。

[田中]はい。

[ハリス]で、我々は今、丁度骨董通り、もう殆ど半分過ぎちゃいましたけどね。あの、骨董通りは80年代と今と随分変わりました?お店とか・・・。

[田中]んー、人の通行量もたぶん、昔はもう少し少なかったのかなって、そして、今はChii-Busのような形は出来ましたけど、当時は、こう、六本木の方から来た都バスが、高樹町交差点をまっすぐ行くバスと、そうでなくて、これを、この、骨董通りに入るバスと両方ありましたよね。今、Chii-Busになって、所謂おじいちゃんおばあちゃんが乗り易い高さ、で、こまめな停留所、これも80年という時代には、日本では恐らく、あまり皆想像しなかった状況ですよね。

[ハリス]あの、11月25日に『33年後のなんとなく、クリスタル』の単行本をリリースされたんですけれども。

[田中]はい。

[ハリス]これは、あの、なんと17年ぶりの小説で、これは何故書かれることになったんですか?

[田中]えっと、私はあの、神戸の震災の時に、『テント村の口紅』という、テント村で出会った女性、おばさんなんですけど、に、口紅を差し上げた、という話を書いてから、それでまぁ、程なく県知事になり、それから参議院議員になり、衆議院議員になり、まぁ、やっちゃ場のようなところに居たので。

[ハリス]ふっふっふ。

[田中]なかなか描く気がしなくて、まさになんか、物語を書くよりも自分で・・・。

[ハリス]物語を作ってましたよね。

[田中]いろんな、県議会の人から不信任出されたり、『「脱ダム」宣言』だったり。自分で行動して物語、書いてるような気になっていたんですけども。まぁあの、2年前の総選挙で「めでたく」敗退をしましてね、それで前から編集者が是非、書こうって言ってくれてて、幾人かの、でもまぁ、なかなか物理的にも精神的にも、状況でもなかったんですが、で、どういうのを書こうかなと考えているうちに、話していて、じゃぁ、逆にあの時の主人公たちも年齢を経て50代になっていて、様々な境遇や様々なことを考えている、でも、そのなかでどんな物語ができるのかな、と。その中で僕も感じてるのは、多分、この社会ってものすごい巨大な流通、そして、誰もが200歳まで生きられる訳ではなくて、誰もが歯車の中で消費されていく中で、でも、「微力だけど人間は無力じゃない」んだ、っていうか人間は信じられるものなんだ、そうした気持ちを描ければなと思って書いてみたんですけどね。

Ashford & Simpson - Is It Still Good To Ya 1978

[ハリス]あと、その、『なんとなく、クリスタル』の学生達、若者達が、33年経ってどういう、どういった人間に変化してるのかっていうのは『なんとなく、クリスタル』読んだ人もすごく興味を持って読むと思うんですよね。あの時の時代、価値観みたいなものを今でも持っているのかどうか、で、あの世界も周りの社会も変化していったわけで、それに対してどういう風に思っているのか、とまどっているのか、またはアット・ホームに感じているのか。

[田中]あと、いま丁度学生であったり、就職したくらいの方にとっては親の世代でもあるんですよね。

[ハリス]そうですね、彼らはどう読むのかってのも僕は非常に興味があるんですね。

[田中]だから、その、この間も、ある、若い働いている方が、ママが『なんとなく、クリスタル』の文庫本が新装版が出たんで、ママがそれを読んでて、あたしの頃ってこうだったのよって、わたしも読まされましたってみたいな人がいましたけどね。

[ハリス]あ、でもそれが一番、あたしの青春はこういう青春だったのよ、こういうものが好きだったよ、説明するには一番良い本ですよね。

[田中]あ、いえいえ、とんでもない、ありがとうございます。

[ハリス]ホントに詳しく分かるんで。あの、いまの時代、この33年の時代の変化変容をですね、本の中でもかなり触れてるんですか?

[田中]ええ、ですからやはりこの間に、それこそ携帯電話も無かった時代の、誰もが、人口よりも多い携帯電話数になってしまったし、でも、その中で、やはりあの当時も本当に、なぜ僕が主人公が学生でモデルかっていうと、モデルの人って、カメラのライトを浴びた瞬間、或いは、ステージの上でターンをしてライトを浴びた瞬間に、自分が自分であるって判る訳ですよ。街を歩いても、あ、雑誌の、いまはまぁ、雑誌の表紙の人も顔を知られてるけど、読モだったり、昔はそうじゃないから、あ、見たことある人だなCFで、雑誌で、って思うけど名前はアイデンティファイしない、でも、その女の子にとっては、見られてはいるけど、誰だか私は判られてなくて、でも、ステージの上で光を浴びてターンをした瞬間に、あぁ私は私であるって思える、それは非常にすべてが、消費社会の中で歯車化してゆく中のものだったと思うんです、で、それは今も同じようにあって、その中で、儚いし移ろい易いかもしれないけど、確かさは何なのかな、ていうその事を皆様がもし、出来れば、これを読んでですね。

[ハリス]感じて・・・。

[田中] 感じて頂けたら、私としては嬉しいなと思います。

Nick Decaro - While The City Sleeps 1974

[ハリス]田中康夫さんをお迎えした今夜のVintage Garage、そろそろお別れの時間が近づいて来たんですけども、今回は田中さんの足跡と作品の世界観がリンクした、かなり濃密なドライブで・・・。

[田中]こちらこそお招き頂いて、ありがとうございます。

[ハリス]とんでもありません、僕の好きなエリアをぐるっと周って頂けて、非常に僕も楽しかったんですけども、あの、これまで旅をした場所、海外にもかなり行かれていると思うんですけど、リスナーにもお勧めの旅先、ひとつ上げるとしたら・・・。

[田中]そうですね、ずっと考えたんですけど、一ヶ所、イタリアのナポリの下のポジターノと街があるんですね、で、またここの街のまたはずれに、イル・サンピエトロ・ディ・ポジターノという元々寺院だったところを、崖っぷちでホテルにしていて、元々、カトリーヌ・ドヌーブであるとか、ゴア・ビダルであるとか。

[ハリス] 作家の。

[田中]ローレンス・オリビエであるとか、いろんな人達が愛したホテルで、日本で言ったら京都の俵屋旅館のですね、海があるヴァージョンかな、と思います。

[ハリス]こういういった、細かいご指摘、大好きなんですよ!ここ行きますよ、いつか。

[田中]ここは、もう、是非、本当に天空の楽園、天国への入り口のようなホテルで、僕も家内も大好きで。あと、何軒かあるんですけど、ひとつはもしパリに行かれたときに、所謂パリの名のあるレストランていうだけではなくてですね、これは昔のル・モンマルトルと呼ばれてる場所なんですけれども、にある、シャルティエというレストラン、予約も出来ない、所謂でも、百年以上続いている・・・。

[ハリス]予約できない・・・と。

[田中]でも、まあ、少し並ぶんですけども、ここがですねもう、メニューを頼むと、そこのまさにメートルがですね、全部ギャルソンがですね、そこのある紙に自分の頼んだものをメモで書くんですよ、で、膨大な客席数なんですけども、ホントに間違いなくあっという間に料理が出てくるという。

[ハリス]へぇぇ。

[田中]是非ここはあの、シャルティエは行かれると・・・。

[ハリス]ここは何が美味しいですか?特に。

[田中]まさに、フランスの日常食的な、料理ですので、ええ。

[ハリス]じゃあ、かなり、気取ってない。

[田中]まったく気取っていない。でも、中はアールデコのような感じで。とても・・・。

[ハリス]あぁ、いいなぁ・・・。

[田中]その意味でいうと、フランスの、昔から哲学者とかその手の人達もみんな、それこそ、サルトルボーボワールも来ていた、であろうという店なんです。

[ハリス]僕も行きます。

*

[ハリス]我々は毎回ゲストにですね、大切な言葉、Vintage Wordを伺っているんですけど、田中康夫さんが特に大切にしている言葉。自分をこう、勇気付けてくれる言葉には何があるんですか?

[田中]僕はものを書いてですね、色んな意見がある中できてそして、知事であったり国会議員であったりをしてくる中で、自分でだんだん思うようになったのは「微力だけど無力じゃない」ということだけじゃなくて「怯まず・屈せず・逃げず」ってのを僕は、もし人に求められるとあまり上手じゃない字で書くんですね。怯まない、そして屈しないそして、逃げないっという。

[ハリス]まさに、田中康夫さんの政治人生そのままですよね、かなり叩かれたけど、怯まなかったですね。

[田中]ちっとも懲りてないって言われていますけどね(笑)。

[ハリス](笑)。

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[田中]でも、人間て、それはほら、どんなに嬉しいときも悲しいときも、一分一秒それ同じように過ぎていくわけですよ、そうするとちょっと辛いことあったりするとつい目を逸らしたり、目を閉じちゃうけど、でもそれを文章に書こうなどという下心ではなくて、どんなときでも、目を開けて今起きていることを見る事が、恐らく、もしかしたらそれは次の自分の糧になるかもしれないって気がしますね。

[ハリス]わかりました。今日は楽しいお話、ありが・・・。

[田中]とんでもない、こちらこそどうもありがとうございました。

[ハリス]とんでもないです。今日のゲストは田中康夫さんでした。

Massimo Di Cataldo - Se Adesso Te Ne Vai 1996

永久不滅の音楽や言葉を探すドライブ Vintage Garage 田中康夫はかく語りき。

「怯まず・屈せず・逃げず」

田中康夫さんらしい言葉じゃないかと思いますね、特に県知事時代、もう本当に周りからずっと攻められてて、それでもあの笑顔、あのスタンスを変えないでずっと闘い続けていたなと思うし、全然逃げなかったですよね、その点ではすごく田中康夫さんらしい、勇気を感じる言葉ですね。

セゾンアメリカンエクスプレスカードVintage Garage。
この番組は、FM NORTHWAVE、J-WAVE、ZIP FM、FM 802、CROSS FMのJFL5局を結んで放送してきました。

あなたの心に響く永久不滅の音楽や言葉、見つかったでしょうか?

今日のゲストの田中康夫さん、とてもソフトでね、温かい方で、地方議会とか国会で闘っていた時の知事・議員の印象とはかなり違うなって感じました。とてもアット・ホームはドライブでした。そして、今回初めてなんですけども、掛かる音楽全てゲストの田中康夫さんセレクション、トークだけではなく、これらの音楽を通して田中康夫という人物の心象風景のようなものが見えてきたんではないかと思います。
そんな田中康夫さんが選んでくれたVintage Musicの詳しい情報は番組web siteでチェックできますし、購入も可能です。お聞きの放送局のトップページからVintage Garegeをクリックして、貴方の好奇心の扉、開いて下さい。

田中康夫さんお薦め選曲 part2  菊池成孔 粋な夜電波 第182回(2014年11月21日) 

Robert Palmer - Every Kinda People 1978

Mark Almond - Othere Peoples Rooms 1978 

WOMEN ウィメン: ぼくが愛した女性たちの話

WOMEN ウィメン: ぼくが愛した女性たちの話

 

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